有識者インタビュー

三菱商事株式会社 シンガポール支店
HRDセンターアジア分室 室長
松田豊弘氏

ID  長らくシンガポールでHRDを管理されてきたご経験から、日本からは見えづらい、海外展開企業におけるHRDの現実やニーズをお聞かせ頂きたいと思います。まず、松田さんが経験されたグローバル人材をめぐる外部環境の変化について教えて頂けますでしょうか。

松田  これは弊社のみならず、他の企業でも同じ傾向が有ったと思いますが、「グローバル化が必須である」、という名目で90 年代以降様々な施策が実施されました。しかし、実効性を高めることが難しいが故に、本社主導で各国の現地化が進められてきたわけです。
その場合「共通化」が理想であるけれども、各国の状況(経済、社会、文化的変化)があまりにも異なることによって国別のアプローチとなり、いわゆるメタナショナルなアプローチが生まれました。これは、単純にいえば各国毎に戦略戦術が異なっていいのであり、特に共通化に拘る必要はない、という考え方です。実際、多くの企業で「人材施策の域内共通化」はあまりうまくいっていないと聞いています。
そして、EPA,FTAの進展等によりアジア域内の国別の関税障壁をはじめとしたバリアーが低くなり、ビジネスがよりクロスボーダー化しました。現在は、これに応じた高度人材の多国籍化およびリージョナル化が必須となったため、『メタナショナルからメタリージョナルへの戦略の実施に成功した企業が勝ち組』となる時代に突入したと言えるでしょう。

ID  そのような背景を受けて各国の取組にはどのようなものがあるでしょうか?

松田  このようなビジネス環境の変化を先取りし、シンガポールやマレーシアでは域内各国からの移民数をうまく制御しながら高度付加価値人材とその他の人材を使い分けており、その結果、日本より遥かに高い経済成長率を達成しています。ビジネスのし易さに関するランキングでもシンガポールは1位、マレーシアは23 位(いずれも『世界銀行グループ、国際金融公社による調査』に基づく)と、上位を独占しています。
また、インドは、シンガポールとは違い、海外からの人材流入が少ない代わりに、印僑がアジア全域に散らばり、自国内の各種資源、特に人的資源を存分に活用しながら、ビジネスを拡大し続けています。フィリピンもインドと同様、1000 万人のOFWからの送金で経済を維持しています。海外雇用庁はそのシンボルと言えるでしょう。

ID  その潮流の真っただ中にご自身を置かれているわけですね。そんな松田さんからご覧になった、 日本の取組や現状についてのお考えをおきかせください。

松田  域内の現状を考えた時、これらの人材戦略国群および同国企業に比べ、日本の国レベル および企業レベルのグローバル施策は、うまくいっているのか、ということがそもそもの「議論 の出発点」だと考えています。例えば我社の場合、2000年以降、新たな本社人事制度の下で「グ ローバル化」を推進しましたが、「海外オフィスのナショナルスタッフ(以降NS−現地雇用社員、 多くは当該国人)の質といいますか、能力レベルにばらつきがあり、例えば三国間ビジネスの推 進が難しかったという事実がありました。いうまでもなく、事業投資関連のノウハウは専ら東京本 社と本社からの駐在員が保有していたということ、また、NSに対する能力開発も遅れていたために 現地主導の投資促進が困難だったのです。
一方、2005 年頃からはグローバル連結経営の加速化が急速に叫ばれるようになり、連結ポート フォリオが70%を超える今では、議論は専らグローバル連結一色になっています。ここで再認識 された問題が、第一に、単体の海外オフィスにおける人材の質の限界、すなわち新規ビジネスを 創出しうるレベルのNSが数質ともに足りない。第二に、連結子会社の人材の質の把握が出来て いない、ということです。
現在の課題としては、キャリアマネジメントも含め、単体でバイリンガル化されていない東京本社 での仕事(JOB)が十分にオファーできない事への対策、三国間異動のためのプラットフォー ム整備、また、単体から連結への異動(例:人事マネジャー、財務経理マネジャー)のインフ ラ整備等が明確になってきたといえるでしょう。
取組の一例として、日本の多くの「国際企業」が英語学習を始めとした“ 英語化” を進めていますが、 本社の公用語は一部企業を除けば、やはり日本語です。しかし、先ほどお話した4カ国(シンガポー ル、マレーシア、インド、フィリピン)は公用語が英語、高度人財の教育、ビジネス共に、全て を英語で実施出来るわけですから、HRDにとっても圧倒的に有利だということになってしまうわけ です。

ID  個々人の意識レベルに目を向けたときには、どの様な事が言えるでしょうか?

松田  実は、NSを下に見る傾向のある本社社員が一般的に多いのではないでしょうか。NSはRS より下、子会社の社員は本社社員より質が劣る、といったステレオタイプが横行している会社は、 グローバル化しにくい。ハイポテンシャルはその事実に直面し、発展空間(HRDユニバース)が ないという理由ですぐに辞めてしまいます。多国籍スタッフに対し、謙虚さと公平さをもって、言 語の壁も超克して同じ基準で評価できる本社社員が必要なのですが、これは、なかなか難しいこ とでもあります。まず、本社の知見と個人の知見と取り違えるケースが散見されますし、海外赴任後、 優秀なNSシニアマネジャーとの無用な「競争」に自ら陥ってしまうというケースもよくあります。 グローカルな視野を備えた上で、ローカルから謙虚に学ぶ姿勢こそが重要なのです。従って、要 件を従業員個々のレベルで考えた時に言える事は、NSを客観的に評価し、学ぶべきところは学び、 教えるべきことは教え、協働して1+1=2以上を達成できることが挙げられるでしょう。本社社 員を含めた「駐在員およびその候補者群」のグローバル意識を継続的に醸成、育成し、各組織 単位でその部類のRSが増えつつあることがとても重要です。

ID  逆に、HRDサイドから経営層に対する、今後の働きかけはどうあるべきだとお考えでしょうか?

松田  経営トップのグローバルビジョンでかなり左右されてしまうとしても、グローバルなHRD部 局が、個別具体的事例を客観的なケースとして、経営層に継続して提示する努力が不可欠です。 個人的な経験になりますが、とある上司からアジアで「無駄な努力」をやっているかのように評さ れた時、『経営者といえども連結数万人の規模のHR母集団の一部しか見えていないことがあるの だ』と痛感しました。このようなこともあり、 本社部長級以前から全社的視野を養い、そのような 視点をもった母集団から役員が選定されることが望ましいと考えています。これは5 年から10年 の時間軸で行う必要があるし、また、単体ベースのみならず、グローバル連結ベースで継続的に 実施するべきだと思います。。

ID  今日は大変有意義なお話をありがとうございました。